1章 プロセス(精製)とはなにか
コーヒーの「プロセス(精製)」とは、収穫したコーヒーチェリー(果実)から、生豆(種子)を取り出し、乾燥して保管可能な状態(一般に水分10–12%程度)にするまでの一連の工程を指します。工程の違いは、豆が果肉・ミューシレージ(粘液質)・水・微生物に触れる“時間と条件”を変えるため、香味(フレーバー)を形づくる化学反応(発酵・酵素反応・酸化)に影響します。
プロセスをわかりやすく把握するために、まず「どの層を、いつ、どこまで残すか」「水をいつ使うか」「発酵をどんな酸素条件・温度・時間で行うか」「どの水分率で脱穀(hull)するか」を押さえるのが近道です(以下の要素)。
- 果実を付けた乾燥:果肉・果皮を付けたまま乾かすか(ナチュラル)/途中まで付けるか(ハニー)/付けないか(ウォッシュド)
- 果実除去(パルピング)のタイミング:収穫当日~翌日すぐ/乾燥後など
- 水洗のタイミング・回数:発酵前に洗う、発酵後に洗う、複数回洗う(ウォッシュドで重要)
- 発酵時間・発酵の回数:例として湿式の発酵は12–72時間レンジが文献に整理されることが多い(気温・水温で変動)
- 水分保有率(含水率):保管に適した乾燥の目安は一般に10–12%前後、加えて水分活性Aw(例:0.4–0.6)も品質・安全に関与
- 脱穀(hull)のタイミング:乾燥後にパーチメント(表皮)を外すのが一般的だが、インドネシア式は高水分の段階で外す(後述)
2章 プロセスの種類
以下では、各プロセスを「工程の流れ」と「要素(乾燥・パルピング・水洗・発酵・水分率・脱穀)」で整理します。なお、発酵は微生物叢・温度・pH・糖(ミューシレージ)量に強く依存し、同じ名称でも産地・設備で差が出ます。近年は“制御発酵(controlled fermentation)”の研究も進んでいます。
(1)ウォッシュド(Washed / Wet)
工程の要点
- 収穫・選別(比重選別や水洗を先に行う場合あり)
- パルピング:外皮・果肉を早い段階で除去
- 発酵(主にミューシレージ分解):タンクで12–72時間程度のレンジで行われることが多い(環境で変動)
- 水洗:分解したミューシレージを洗い落とす(水路を使ったものが普通だが機械式もあり、その場合はセミウォッシュドと呼ばれる)
- 乾燥:パーチメント付きの状態で乾燥し、含水率10–12%程度へ
- 脱穀(hull):乾燥後にパーチメントを除去
要素で見る(ウォッシュド)
- 果実を付けた乾燥:基本しない(果肉は先に除去)
- パルピングのタイミング:収穫後早期(当日~翌日が多い)
- 水洗のタイミング:発酵後が中心(前洗いを行うケースも)
- 水洗の回数:工程設計次第で複数回になり得る(パルピング直後に1回、発酵後1回など。3回洗うトリプルウォッシュもある)
- 発酵時間:文献整理では12–72hが代表レンジ
- 発酵の回数:1回が基本(“ダブル・ファーメンテーション”など、意図的に複数回行う設計もある)
- 水分保有率:乾燥目安は10–12%(保管安定性に関与)
- 脱穀(hull)のタイミング:10–12%付近まで乾燥後に実施
風味傾向
果肉由来の糖・発酵代謝物が豆に残りにくい設計になりやすく、結果として「透明感」「酸の輪郭」が出やすい、と説明されることが多いです(ただし最終風味は品種・乾燥管理・焙煎にも強く依存)。発酵でのミューシレージ分解はペクチン等の分解が中心で、微生物の酵素や代謝が関与します。
(2)ナチュラル(Natural / Dry)
工程の要点
- 収穫・選別
- 果実を付けたまま乾燥(ベッドやパティオ等で攪拌しつつ、数週間単位になることも)
- 十分に乾燥後、外皮・果肉・パーチメントをまとめて除去(脱穀)
指定要素で見る(ナチュラル)
- 果実を付けた乾燥:する
- パルピングのタイミング:なし(パーチメントの脱穀時にまとめて除去)
- 水洗のタイミング・回数:基本なし
- 発酵時間:“発酵時間”というより、乾燥中に果皮層で進む発酵が重要
- 発酵の回数:工程上の区切りとしては1回相当(乾燥の進行が実質の“発酵・酵素反応の場”)
- 水分保有率:最終的に保管可能な水分へ(一般に10–12%目安)
- 脱穀(hull)のタイミング:十分乾燥後に外皮等を除去
風味傾向
果実(糖・ペクチン・微生物)が豆の周囲に長く存在し、乾燥過程で生成・付着する代謝物が豆の表面に“シグネチャー”として残り得る、という観点が示されています。
また、ナチュラル精製豆の香気成分分析など、特定の特徴香の同定研究も進んでいます(「モカ香」分析など)。
(3)ハニー(Honey / Pulped Natural)
「ウォッシュド(果肉・粘液を落として乾燥)」と「ナチュラル(果実ごと乾燥)」の中間に位置する“セミドライ”の代表格です。
標準的なハニープロセスの要点
- 収穫・選別
- パルピング:果皮・果肉を除去
- ミューシレージを一定量残したまま乾燥
- 乾燥後、脱穀(パーチメント除去)
指定要素で見る(ハニー)
- 果実を付けた乾燥:果実そのものは付けないが、ミューシレージを付けて乾燥する
- パルピングのタイミング:収穫後早期(ナチュラルより早い)
- 水洗のタイミング・回数:少ない/しない設計が多い
- 発酵時間・回数:パルピング後にタンクで明確に区切らない場合でも、乾燥中にミューシレージが分解・代謝される(設計次第でパルピング後に短い発酵工程を入れる)
- 水分保有率:乾燥後は保管安定水分(10–12%目安)
- 脱穀(hull)のタイミング:乾燥後にパーチメントを除去
イエローハニー/レッドハニー/ブラックハニーの違い
この“色”は国・生産者・団体で表現が揺れますが、近年の整理としては「乾燥中に残すミューシレージ量(粘液残存率)や乾燥条件の違い」で区分される説明が一般的です。例えば、イエロー→レッド→ブラックの順に残存量が多く、ナチュラルに近づく、という整理があります。
- イエローハニー:ミューシレージ残存が少なめ(よりクリーン寄り)
- レッドハニー:中間
- ブラックハニー:残存が多め(より果実感・重心が出やすいとされる)
学術的にも、イエロー/レッド/ブラックといった差がミューシレージ残存量に依存し、物性・化学特性・官能の違いに結びつくという整理が報告されています。
(4)インドネシア式(Wet-hulled / Giling Basah)
インドネシア(特にスマトラ等)で典型的な方式で、最大の特徴は“高い含水率の段階で脱穀(パーチメントを外す)”ことです。論文などでも “giling basah process(wet-hulled)”として一般的なプロセスの一つに位置づけられています。
工程の要点(代表例)
- 収穫・選別
- パルピング
- 発酵・水洗は「行う/行わない」両タイプがある
- 一旦乾燥(ただし高水分のまま)
- 含水率25–40%程度で脱穀(wet hulling)
- その後、さらに乾燥して保管水分(10–12%)へ
指定要素で見る(インドネシア式)
- 果実を付けた乾燥:基本しない(パルピング後が中心)
- パルピング:収穫後早期
- 水洗:オプション(やる場合は発酵後)
- 水洗回数:やる場合は1回
- 発酵:オプション(やる場合は短~中時間)
- 水分保有率:脱穀時点が25–40%と高いのが特徴
- 脱穀(hull):高水分で行い、その後乾燥
(5)嫌気性発酵(Anaerobic Fermentation)
「嫌気性発酵」は、酸素の少ない(または遮断した)条件で発酵を進める設計です。近年は研究レビューでも“anaerobic fermentation / self-induced anaerobic fermentation(SIAF)”などとして整理され、微生物の遷移や代謝物が香味へ影響し得ることが議論されています。
工程の要点
方式は大きく2系統あります。
- チェリーのまま密閉(ナチュラル寄りの嫌気)
- パルピング後(ミューシレージ付き)に密閉(ウォッシュド寄りの嫌気)
どちらも、密閉タンク等で温度・時間・圧力・pHを見ながら設計し、発酵後に(必要なら)水洗→乾燥→脱穀、という流れになります。
指定要素で見る(嫌気性発酵)
- 果実を付けた乾燥:方式による(チェリーのまま密封発酵→乾燥がある。)
- パルピング:方式による
- 水洗:発酵後に行う設計が多いが、ナチュラル寄りでは行わない場合も
- 水洗回数:工程次第
- 発酵時間:研究では温度と時間(例:12h/36h 等)を振って微生物叢を解析するなど、条件設計が重要
- 発酵回数:1回が多いが、段階的に条件を変える設計もある
- 水分保有率:最終は保管水分10-12%へ
- 脱穀:乾燥後(インドネシア式は例外)
科学的に重要なポイント
嫌気条件により微生物群集・代謝物が変わり得るため、同じ原料でも香味が変化し得ます。実際に、嫌気発酵条件下での微生物多様性や代謝物の研究が報告されています。
また、生産現場レベルでも嫌気発酵の取り組み紹介があり、密閉環境での酵母発酵として説明されています。
(※「結果の派手さ」だけでなく、過発酵や欠点リスク、再現性の確保が課題になりやすい点も、制御発酵研究の文脈で重要です。)
(6)インフューズド(Infused)/添加発酵(Additive / Co-fermentation)
ここは用語が最も混乱しやすい領域です。一般に流通で「インフューズド」「コ・ファーメンテーション(co-fermented)」と呼ばれるものは、発酵工程中に果物・ハーブ・スパイス等の“外部原料”を加える、もしくはワイン樽やオーク樽を使い香味を移す(または相互作用させる)設計を指すことが多いです。専門誌・業界メディアでも“additive fermentation”として整理されています。
工程の要点(代表例)
- チェリーまたはパルピング後の豆をタンクへ
- 外部原料(フルーツ等)を投入する、またはワインやウイスキー樽に入れ(半)嫌気条件で発酵
- その後、乾燥→脱穀
指定要素で見る(インフューズド)
- 果実を付けた乾燥:方式による
- パルピング:方式による
- 水洗:設計次第(“香りを残す”目的で水洗を最小化する場合も)
- 水洗回数:工程次第
- 発酵時間・回数:原料投入のタイミングと回数で設計
- 水分保有率:最終は保管水分10-12%へ
- 脱穀:乾燥後
科学的根拠としての扱い(重要)
嫌気発酵や制御発酵自体には学術研究が多い一方で、「外部原料投入(インフューズド)」の香味寄与や移行率、再現性、表示の妥当性は、公開された査読研究がまだ十分に体系化されているとは言いにくく、業界内でも議論があります。ベルベットコーヒーのように“豆のストーリーと透明性”を大事にする場合、このカテゴリは特に、(1)何を加えたか(2)いつ加えたか(3)ラベル表示や説明責任までが議論の対象となります。
参考文献・ソース(URL)
- SCA(Specialty Coffee Association)「The Fermentation Effect – 25 Magazine, Issue 10」
- Food Chemistry(ScienceDirect)レビュー:Coffee bean processing / emerging methods(wet-hulled などの整理)
- MDPI Foods(2025)レビュー:Composition of Coffee Beans Influenced by Bioprocessing(発酵時間レンジ等の整理)
- PMC(2020)Comparison of Batch and Continuous Wet-Processing of Coffee(湿式工程の比較)
- ScienceDirect(保管含水率・水分活性Awの目安整理)
- Sucafina「Coffee Processing Primer」(wet-hulled:25–40%で脱穀、10–12%へ乾燥)
- ScienceDirect(2024)pulped natural/honey の整理(粘液残存量と差異)
- PMC(2023)Microbial Diversity of Anaerobic-Fermented Coffee(嫌気発酵の微生物叢)
- PMC(2025)Development of Fermentation Strategies(発酵戦略の整理)
- MDPI Agriculture(2023)Temperature-Controlled Fermentation(制御発酵)
- Roast Magazine「Additive Fermentation(Infused / Co-fermentation)」
- Royal Coffee「Co-fermented coffee: trends and controversy」
- SCAJ資料(乾燥・含水率の目安等)
- J-STAGE(香気成分分析の例:特徴香の同定研究)
- UCCコーヒーマガジン(嫌気発酵の紹介記事)
